南島漂流記
2004年12月前
>戻る


御酒(うさき)東大オリジナルボトル
Ricoh Caplio GX
2004.12.11

 東大のショップで購入したかったのが、この「御酒(うさき)」という泡盛なのです。何故、東大のオリジナルグッズの中に、沖縄の酒、泡盛なのか不思議な組み合わせに感じるかもしれません。それは、1935年に東大教授の坂口謹一郎博士(発酵学)が沖縄を訪れ、泡盛酒造所を回り、黒麹菌を採取したことに由ります。真空保存された菌株は、戦争を挟み、極一部しか残っていませんでしたが、98年にこれを2酒造所に返し、翌年瑞泉酒造が復刻したのが、この御酒という銘柄なのです。
 一般に、蒸留酒の泡盛は、出来たの新酒は刺激が強くハードな味わいです。それをしばらく寝かすことにより次第にマイルドな呑み易い味に変わっていくのです。しかし、この御酒は新酒でも、とてもマイルドで呑み易い泡盛なのです。発売当初に、戦前の黒麹菌を使ったという話題性だけで、呑んでみたのですが、その美味しさに驚きました。今では、行き着けの店では御酒をキープしています。沖縄戦で、戦前使用していた黒麹菌は失われたと言われてましたが、思いがけないところから、戦前の味が復活したわけです。実際には、戦前の黒麹菌と現代の酒造技術による産物なのでしょうけど、戦前呑まれていた泡盛のレベルはかなりものだったのかもしれません。
 赤門印の東大オリジナルボトルの中味は、通常沖縄で販売されている御酒と変わらないものだそうですが、これこそ話題性にあやかっての商品と言えそうです。これも、国立大学から独立行政法人へと移行した産物のひとつなのでしょうか。

2004.12.11

 今日は両親と本郷の東大へ行って来ました。東大のシンボルの赤門脇に出来たコミュニティーセンターという、東大オリジナルグッズのショップで是非購入したいものがあったのです。
 残念ながら、そのお目当ての品は、人気が高く品切れで注文することだけしか出来なかったのですが、その目の前に並ぶイチョウの木の見事な黄葉はなかなかのものでした。好天にも恵まれ、しばし見とれてしまいました。このような光景に出会うと、やはり温帯の四季のメリハリを羨ましく感じます。
 東大の本郷キャンパスを訪れたのは、何年ぶりでしょうか?琉球大学勤務時代の出張のとき以来ですから、もう10年以上になる計算です。さらにその前となると、子供のときではないでしょうか?

 


東京大学本郷キャンパスのイチョウ
Ricoh Caplio GX


忘年会の一コマ
Ricoh Caplio GX
2004.12.10

 今年も、毎年必ず出席している忘年会に参加しました。私も契約して頂いているネイチャーフォトのエージェンシー主催による会です。写真家、編集者、研究者など、さまざまな分野からの出席者が集まり、貴重な交流、出会いの場となります。以前は、6月に出版社主催の写真賞受賞パーティがあり、そのふたつの集まりには必ず出席していたのですが、その写真賞自体がなくなってしまい、今では年に一回だけの機会となってしまいました。
 さて、以前にもお話しましたが、日本で昆虫写真家というと、10人にも満たない世界です。しかも、なかなか若手が現れずに、平均年齢は年々増していくばかりです。そのような状況、海野和男さん(左)が、なかなかフリーにならない若手の筒井学さん(中)と森上信夫さん(右)に、ハッパをかけている場面です。もっとも若手と言っても、私とほとんど年齢差はないのですが。

2004.12.9

 8月以来の東京ですが、12月半ばということで、もっと寒いことを覚悟してきたのですが、天気のよい日中は半袖でもいられるくらいです。
 冬の深い青空に映えるのは、真っ赤な柿の実です。私の実家の隣家にも、たわわに実っています。東京の晩秋や初冬には、ごくありふれた光景です。
 これまでの沖縄の生活では、柿は馴染みの薄い木でした。もちろん、店頭には立派な品が並びますが、街中や郊外で立派な柿の木を目にすることはほとんどありませんでした。しかし、最近たまに実を着けた木を見かけるようになりました。
 それでも、味のほうは大したことはないだろうと、高をくくっていたのですが、先日、庭で採れたという柿を食べる機会がありました。見た目も立派でしたが、その味のほうもなかなかのものでした。決して、沖縄の気候に合わないために、これまで沖縄で柿の木がほとんど見られなかったわけではないのですね。これから、さらに、沖縄の景色の中に柿の木が増えていくかもしれません。


たわわに実った柿の実
Ricoh Caplio GX


羽田空港第2ターミナル
Ricoh Caplio GX Wide-Converter
2004.12.8

 8月以来の東京です。羽田空港は12月1日から第2ターミナルが新設され、今回利用したANA便はこちらに到着しました。
 新しい施設は、鉄骨の露出した高い空間が広がり、今までとはなかり違った印象です。これまでのように、乗降客の通路が共有されず独立していますので、人の流れが妨げられずに移動が効率的かもしれません。
 ただ、これまでよりも不便なのは、JAL系とANA系の出発ロビーが離れてしまったので、空席待ちで両社を掛け持ちするのは事実上、不可能なようです。また、出発前のお土産選びも両ターミナルを行き来するのは、難しいでしょうね。
 このような変化に対して最初は違和感があっても、次第に慣れ親しんでいくものでしょう。でも、自然界のフィールドの変化に対しては、そのような忘却による慣れは禁物です。以前のよかった状態を決して忘れずに、違和感を抱き続けるべきでしょう。

2004.12.6

 暑い季節であれば、この南島漂流記のネタ探しもさほど苦労しません。しかし、これからの季節次第に昆虫や動物たちの寂しい季節に移っていきます。北風の吹き荒れる曇天や小雨の下で、彼らのわずかな姿を探す時期が間もなくやってくるでしょう。
 そのような状況では、昆虫たちの姿の豊富な時期にはあまりレンズを向けないような被写体にも注意を払うようになります。例えば、地味な色彩の種類であるとか、とても小さな種類であるとかです。決してこれは悪いことではないのですが。
 そして、今日撮影した昆虫のひとつに、このヒメカメノコテントウがあげられます。体長3〜4mmとかなり小さなため、他の見映えのする昆虫の姿の多い状況では、進んで撮影したくなる種類とは言えません。イネ科植物の穂の中に隠れるようにしていた姿は、逆光でシルエットに近く見えました。そこで、弱めにストロボを発光させ、翅(はね)の模様が見えるように写してみました。この撮影をしながら、このような状況にレンズを向けるのは、やはり冬が近付きつつあるのだなぁと感じました。


ヒメカメノコテントウ
Ricoh Caplio GX Speedlight


オオミノガ幼虫
Ricoh Caplio GX
2004.12.6

 今年も残された日数が次第に減りつつありますが、自然界でもいろいろな出来事がありました。年の初めは久しぶりの冷え込みがありました。その後、春以降はそれが幸いしたのか、いつになく昆虫の発生が順調でした。いつも見られる種類は数多く、しばらく発生が途絶えていた種類も復活したりと。もちろん自然界のことですから、その逆の種類もいましたが。
 このオオオミノガも昨年辺りは、ほとんど姿が見られずに心配されていましたが、今春頃から少しずつ回復したようです。そして、今日もまだ幼虫の簑を見つけることが出来、その後も連続して発生しているのが確認されました。もっとも、その場所は、コンクリート製の電信柱という味気ない場所ではありましたけど。しかし、意外にもこの環境は色彩的に隠蔽効果が高くも感じられました。

2004.12.5

 今年、ヨツモンカメノコハムシを撮影した琉球大学の植え込みを久しぶりに訪れてみました。ヨツモンカメノコハムシの寄主植物のノアサガオの葉には食痕がたくさん残っていますが、成虫の姿は見られません。図鑑によれば、成虫の見られるのは11月までとなっていますから、そのとおりのようです。
 それでも、諦めずにしばらく探してみたところ、やっと1匹が葉裏に隠れているのを見つけました。しかし、陽が当たって温度は上がっているのでしょうが、ほとんど動きません。やはり、もう成虫の季節は終わりなのでしょう。
 もしかすると、この場所でのヨツモンカメノコハムシの成虫は、これが今年最後の1匹なのかもしれません。そして、その成虫を見つけたのは、私の他にもいたようです。


葉裏のヨツモンカメノコハムシ
Ricoh Caplio GX Speedlight


みぬだる
Ricoh Caplio GX
2004.12.3

 本土からのお客さんを案内して、琉球料理店に足を運びました。普段も、沖縄そばやゆし豆腐、ちゃんぷるー系の沖縄庶民料理は、よく口にします。しかし、琉球王朝系の料理はこのような機会がないと、沖縄の日常生活ではまず食べません。
 ときどき行くこの店は、なかなか雰囲気があるのですが、予約なしでほとんど大丈夫ですし、年中無休で融通が利くのがありがたいところです。
 このようなお店ですので、注文もコースではなく、そのときの気分や好みで頼みます。そのような料理の中で驚かれるのが、この「みぬだる」。豚ロース肉に摺り黒胡麻をまぶし、蒸したものです。味以前に、その真っ黒な物体に驚かれるようです。
 恐らく、使われている黒胡麻は沖縄では生産されていないでしょう。現代でも全国一消費量の多い昆布も、昔から松前藩との交易品でした。また、沖縄を代表する酒、泡盛の主原料もタイ米なのです。このように、琉球料理に使われる原材料の生産地は、実に広い地域にまたがっています。ともすると、閉鎖的に感じる沖縄社会ですが、古の時代から広い地域の人々と接してきたのですねぇ。

>戻る